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+++逆境の歌人 小田観蛍+++

こんにちはー。畠山ですー♪

 

 

11月3日は文化の日。ということで今日はある歌人を紹介しました!

 

 

「逆境の歌人」「忍苦の歌人」と言われた小田観蛍です。

 

小田観蛍をご存じの方、いますか?もしかしたら知らない人が多いかもしれません。

 

小田観蛍とは!

 

1886年に生まれた久慈市出身の歌人・教員です。

 

14歳で久慈市を離れ渡道した小田観蛍(本名:小田 哲弥)は、16歳の若さで代用教員として働き始めます。

代用教員の傍ら、様々な短歌を詠みました!

 

短歌だけではなく、校歌もつくっていたようで富良野・小樽の校歌を40曲も作詞したとか!すごいですね~!!!!

 

歌人・教員として才能を発揮した観蛍でしたが、私生活では苦労も耐えませんでした。

観蛍は、2度、奥さんを病気で亡くし、前妻との間に3人、後妻との間に2人、合わせて5人のこどもを男手一つで育てました。

元祖イクメン!!!!

 

我が肌に慣れてかわゆき寝がたりの

この子は母を忘れたるらし

 

つばくらはかへり来る日のあるものを

夢にも見えで遠く病む母

 

歌人本人の人生が5・7・5・7・7の言葉に映し出されるのが短歌の魅力!

 

此の我れのけふあるもみな みおや等の

 蔭とおもふに目がしら熱し

 

個人的な意見ですが…短歌は特に!歌人の人生を知ると楽しくなるなぁと思います。

 

87歳の長寿でこの世を去った小田観蛍の命日は、観蛍の死の命日と同じ1月1日だったとか。

 

まだまだお伝えしたいことがありますが、この辺で!

 

九戸民俗歴史の会・久慈エリアタウン誌「ダ・ナス」でも小田観蛍についてお話聞くことができるのでぜひ♪

 

畠山でしたー。

 

 

 

 

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